居酒屋のテーブルに伝票がコトッと置かれる。その瞬間、彼女の視線がスマホへ落ちた。二秒、三秒…。
ショート動画の企画でリサーチをしていたとき、二十代後半の知人がこの場面を再現してくれた。手つきまで真似して。彼は付き合って一年半、食事代はほぼ全部出していたらしい。金額は、まあ払える範囲。
「でもさ、あの数秒で毎回心臓がドクンってなるんだよね」
わかる気がした。しんどいのは支払った額じゃない。伝票が置かれるたびに彼女の反応を観測している、その作業のほうなんだよ。
お金のない彼女と付き合う人が探しているのは節約術じゃないよね。
もっと生々しい。この人は変わるのか。自分がケチなだけなのか。このまま進んだ先に何があるのか。
さらに奥に、言葉になっていない不安がある。金がなければ自分は選ばれていたのか、という疑い。転職も休職もできなくなる、逃げ道が消える感じ。それと、金の扱いが雑な人は他のことも雑なんじゃないかという、口に出したら嫌なやつになりそうな疑念。
この三つ目、めちゃくちゃ言いにくいんだよなぁ。
悩みが解けない理由は、ひとまとめにしているから
お金がない、という一語で片づけているうちは答えが出ない。手取りが少ないのと、残高を見ていないのと、頼るのが当たり前になっているのは、まるで別の話。混ぜたまま悩むから、別れるか続けるかの二択で行き詰まる。
お金がないの中身は6種類ある
仕組みを入れれば動く三つ
ひとつめは収入が少ないだけの人。手取りは低い。ただ使い方は雑じゃない。レシートを財布に溜めているし、値段を見て選ぶ。伸びしろがあるのはこのタイプ。
ふたつめは管理が追いついていない人。サブスクの解約を忘れ、リボ払いの仕組みを知らず、口座残高を月に一度も見ない。悪気はゼロ。家計簿アプリを入れた翌月に、支出が二万円落ちたという話も聞いた。
三つめは実家に事情がある人。親への仕送り、家族が抱えた借入。本人の落ち度じゃないよね。ただ結婚すれば自分の家計に流れ込んでくる。ここは本人を責めても一ミリも動かない。
時間と姿勢の問題になる三つ
四つめは使うのが止まらない人。推し活、服、美容。買った直後に落ち込むのに、翌月も同じ動きをする。快感が絡むぶん、月単位では変わらないさ。
五つめは借入がある人。奨学金とカードの分割は性質が違う。見るべきは金額より、聞く前に自分から言ったかどうか。後出しが続くなら、金の話じゃなくて信用の話になる。
六つめが一番きつい。頼るのが前提になっている人。会計のとき財布に手を伸ばす動作すらない。会話に、出してくれるでしょ、が混ざる。収入は上げられるけど、この姿勢は仕組みでは動かないんだよね。
節約が下手なだけの人と、信用できない人の境目
境目はひとつの動きで出る。お金が減ったあと、自分で数字を見にいくかどうか。
リサーチのなかで、かつてお金がない彼女と呼ばれていた側の女性が話してくれたことがある。彼氏に指摘された夜、初めて銀行アプリを開いたらしい。カチャカチャと指が滑って、残高が表示された瞬間に手が止まった。
「え、私こんなに使ってたんだ…」
彼女はそこから毎週日曜に残高を見る習慣をつけた。三ヶ月で十二万貯まったと笑っていた。動いたのは、見にいったから。
黄色信号と赤信号を分けるもの
いくら使ったか聞かれて機嫌が悪くなる。使途を天気や友達のせいにする。返す日を口にしない。このあたりが揃うと黄色。
赤に変わるのは、後出しが二回目に入ったとき。一度目は言いにくかったで説明がつく。二度目は、言わない選択を繰り返しているということ。ここは金額の大小と関係ない。
お金の話で空気が壊れるのは、切り出す順番のせい
責める言葉に聞こえるかどうかは、内容より最初の一文で決まる。動画の台本みたいに組み立てておくと、当日ブレないよ。
当日の台本
場所は家。外はダメ、逃げ場がないから。時間は夕食のあと、テレビを消して、スマホは画面を下にして置く。
第一声はこれ。
「来年どうしたいか、そろそろ二人で話したいんだよね」
お金という単語をまだ出さない。目的は将来の共有であって取り調べじゃないから。
彼女が乗ってきたら二歩目。
「俺、月にどのくらい残せてるか出してみたんだけど、見る?」
自分の数字を先に開く。これで立場が同じになる。相手に先に出させると、その時点で審査になっちゃうんだよ。
三歩目で初めて負担の話。
「今のデート代の出し方、俺がしんどくなってきててさ。責めたいわけじゃなくて、続けたいから相談してる」
感情の理由を先、要求を後。この順番だけは崩さないほうがいい。
言った瞬間に終わる三つの言い方
貯金いくらあるの、といきなり聞くのは事情聴取。もっと節約したら、は指導。俺ばっかり払ってる、は請求書。
言い換えると、貯金の話は二人でいくら必要か知りたいから一緒に見たい、に。節約の話は固定費だけ一緒に洗い出したい、に。負担の話は、金額じゃなくて出し方を決めたい、に変わる。
内容は同じでも、着地はまるで違う。
逆ギレされたときの動き
泣かれる、黙る、逆に責められる。この三つはよく起きる。
そこで押し切らない。その日は下げる。「今日はやめとこ、ごめん」で終わらせて、一週間後にもう一度だけ出す。二回目で同じ反応なら、それが答え。話し合いができない相手と家計は組めないからね。
話したあとに決めておく取り決め
デート代は完全な折半じゃなくて手取り比で傾ける。三十万と十八万なら六対四くらい。金額を決めるより先に、比率の考え方を共有するほうが揉めない。
期限も切る。三ヶ月後の同じ週末にもう一度残高を見る、と約束しておく。改善したかを判定するためじゃなくて、話す日をあらかじめ作っておくため。次はいつ言おうか悩む時間が消えるのが大きい。
自分側の防衛線も引いておくこと。貸さない。名義は出さない。保証人にはならない。この三つは、どれだけ好きでも動かさないほうがいい。ここを守れていれば、最悪の事態でも自分の人生は残る。
結婚を視野に入れたときだけ見る数字
貯金ゼロで結婚した二人が普通に暮らしている例はあるよね。分かれ目は残高じゃなくて、共働きの前提が口約束のままかどうか。
奨学金は誰の債務かをはっきりさせる。親の借入に自分がどこまで関わるか、線を決めておく。将来の収入予定を、希望じゃなく数字で並べる。ここまでやって嫌がられないなら、たぶん大丈夫。
今日やる一手
伝票が置かれた三秒間に緊張しているなら、それはもう我慢の域に入っている。じわっと積もったものは、放っておいても消えないからさ。
今夜、自分の口座を一回だけ開く。先月いくら二人のために出たか、数字にする。話を切り出すのはそのあとでいい。

コメント