ショート動画の企画リサーチで、26歳の知人から聞いた話がある。
去年の秋あたりから、彼女は急に口数を減らしたらしい。理由がアンニュイな女になりたかったから、というのが本人の弁。雑誌でもSNSでも、気だるげな空気が強いと書いてあったんだって。
で、合コンの帰り道に言われた一言。
「今日、体調悪かった?」
もう一人からは、怒ってると思った、と。改札の前でスマホを握ったまま、しばらく動けなかったそう。指先が冷たくなって、爪のあたりまで感覚が薄くなった、というのが本人の表現でした。
私、何を間違えたんだろ
この話、企画会議でめちゃくちゃ引っかかってさ。雰囲気が出ないんじゃない。出そうとした結果、別のものが出てしまう。
アンニュイという言葉は、日本に来て意味が変わった
フランス語では褒め言葉じゃなかった
ennuiの元の意味は倦怠、退屈、気だるさ。フランス語圏で人に向けて使ったら、退屈そうだねという指摘になる。色っぽい響きはほぼない。
それが日本のカタカナ語になった瞬間、物憂げ、ミステリアス、掴みどころがない、という褒め言葉に化けた。ファッション誌が使い倒した結果だと思ってる。
ここに落とし穴がある。
元の意味は退屈。日本語の意味は色気。同じ単語の中に真逆の二つが同居してるから、力加減を少し間違えると退屈側に振り切れる。
雰囲気の正体は、読み取れる情報の少なさ
撮影現場で言語化された一言
同じ服、同じ照明、同じ台詞。それを二人に読んでもらった撮影がある。
片方だけ、なんか良い。
編集チームの全員が同じ感想だった。なのに理由を言語化できた人はゼロ。カメラマンが十五分くらい唸ったあと、絞り出したのがこれ。
「情報が少ないんだよ、この子」
そのとき手元のモニターを二回見直したの、今でも覚えてる。喉のあたりがぐっと詰まる感じがあった。うちのチームがそれまで作ってきた雰囲気系の企画、全部やり方が逆だったから。
足してたんだよね。ずっと。
眉の角度、口角、視線の動き、髪の毛先の向き、爪の色。人は無意識にこういうのを全部読んでる。読み取れる要素が多いほど、その人は理解された状態になる。理解されると、想像する余地が消える。
掴みどころがない、という感想の正体はこれ。ミステリアスな性格をしてるわけじゃなくて、読み取れる情報が単純に少ない。
引き算という言葉のせいで失敗する
雰囲気を出したい人がまずやるのが、引き算。
半分正しくて半分間違ってる。
全部薄くすると、情報が少ない人じゃなくて、ただ手を抜いた人になる。撮影現場で何度も見た。ノーメイクに近づけただけの子は、モニターの中で背景に沈むんだよ。
正しくは、輪郭をぼかす。
要素を消すんじゃなくて、境目を曖昧にする。髪の毛先、目の下、唇の縁、袖口。この四箇所の境目が変わるだけで、写り方も会ったときの印象も動く。
終わっていない話は、頭に残り続ける
途中で止まったドラマのこと、しばらく考えちゃうでしょ。
人の記憶は、完了した情報より未完了の情報のほうが引っかかりやすい。心理学でツァイガルニク効果と呼ばれるやつ。給仕が会計前の注文は覚えてるのに、支払いが済んだ瞬間に忘れる、という観察から名前がついた。
恋愛でも同じことが起きてる。
この人はこういう人、と結論が出た相手のことは、考えなくて済む。結論が出ていない相手のことは、考えるしかない。
掴みどころのなさが人を引き寄せるのは、性格が魅力的だからじゃない。相手の頭の中で処理が終わらないから。
ただし、未完了のままだと関係は進まない
ここが落とし穴でさ。
考えられる状態が続くのは、気になる段階まで。付き合うかどうかを決める段階に入ると、逆に働く。
リサーチで31歳の男性が言ってた話が刺さった。三ヶ月くらい何を考えてるか分からない子に夢中だったんだけど、結局告白しなかった、と。理由が、断られる確率が読めなかったから。
読めない人は追われる。でも、読めないままだと決断されない。
だからどこかで開ける必要がある。全部じゃなくていい。あなただけには言うんだけど、が一回あるだけで、相手の中の未完了は好意の方向に傾く。
引き続けるんじゃなくて、引いてから一回だけ渡す。
髪は、量じゃなく場所で抜く
濡れ感を全体に乗せると、乾いてない人になる
アンニュイヘアで検索して出てくるのが濡れ感。乗せる場所を間違えると事故る。
全体にオイルを揉み込むと、頭頂部から光る。撮影用語で言うとテカリ。色気じゃなくて、皮脂に見える。
乗せるのは毛先から中間まで。手のひらに残った分を、最後に前髪の毛先だけ触る。頭頂部には絶対に触らない。分量は米粒二つ。多いと感じるくらい少なくていい。
前髪の隙間が視線を止める
これは撮影で発見したこと。
前髪をぱっつり揃えると、顔の情報量が増える。額の面積が固定されるから、輪郭がはっきりする。
逆に、前髪を薄く割って隙間を作ると、額が見え隠れする。見え隠れというのが要点で、見えても見えなくてもダメ。
指で三箇所くらい束を作って、隙間の幅をバラバラにする。左右対称にしない。整えた瞬間に情報が増えるから。
鏡で見て、ちょっと崩れすぎかなと感じるところが、他人から見てちょうどいい。
結ぶなら、後れ毛は左右非対称に
まとめ髪で狙うなら、後れ毛の量を左右で変える。
顔まわりに落とすのは片側だけ、反対側は耳にかける。両側同じ量だと、意図が見えてしまう。
意図が見えると、狙ってる人になる。狙ってる人は、掴みどころがある。
メイクは色を消すのではなく、輪郭をぼかす
マットに逃げると不機嫌が完成する
血色を消せばアンニュイになる、というのが最大の誤解。
企画リサーチで話を聞いた27歳の子が、まさにこれをやってた。マットなファンデ、血色を抑えたリップ、締め色のアイシャドウ。
職場で、大丈夫?と三回聞かれたらしい。三回目で化粧室に駆け込んだ、と言ってた。鏡を見たら、確かに顔色が悪い人がいた、と。
血色は残す。減らすのはツヤの位置と、線の強さ。
目の下の影を、消しすぎない
コンシーラーで目の下を全部飛ばすと、平面になる。
平面な顔は健康的に見える。健康的は、気だるげの反対側。
目頭の下だけ軽く飛ばして、目尻側の影は残す。ここに薄く影があるだけで、少し疲れてる人に見える。疲れてる人と体調が悪い人は違うから、そこは分けて考えてほしい。
差は口元にある。口角が下がってなければ、疲れてる人止まりで済む。
唇の輪郭を一段ぼかす
リップは、輪郭を描かない。
中央に置いて、指で外側に伸ばす。縁が曖昧になる。これだけで表情の読みにくさが出る。
色は肌より一段だけ濃いところ。赤に寄せると意思が出るし、ベージュに寄せすぎると顔が消える。グロスは中央のみ。全体に塗ると、口元に視線が集まりすぎるから。
服は袖と首元、それと素材で決まる
手が半分隠れる長さ
オーバーサイズを着ればいい、という話じゃない。全体が大きいと、だらしなさとして読まれる。
効くのは袖丈だけ。手の甲が半分隠れる長さ。指先だけ出てる状態。この一箇所が変わると、全身のシルエットが同じでも印象が動く。
撮影で試したことがある。同じニットで、袖をまくった状態と下ろした状態。下ろしたほうが、編集メンバー七人中六人が雰囲気があると答えた。
首の見せ方と、色数
首を全部隠すと防御的に見える。全部出すと健康的に見える。
鎖骨が片方だけ見える程度。襟ぐりが少し落ちてるトップスか、シャツのボタンを二つ開けて片側だけ肩に寄せる。ここも非対称でいい。
色は全身で二つまで。三つ目からは、選んでる人に見え始める。黒とグレー、ベージュとくすんだ青、白とチャコール。このあたりが扱いやすい。差し色は入れない。あれは主張だから。
落ち感のある生地は、動きが遅れる
サテンやエナメルみたいに、はっきり光る生地。あれは輪郭が強く出る。光が当たった縁がくっきりするから、体の線も服の線も読み取りやすくなる。
選ぶなら、光を吸うほうか鈍く返すほう。ウール、コットン、起毛したニット。モニター越しに見ると、輪郭がふわっとぼける。
とろみのあるレーヨンやキュプラは、体を動かしたあとワンテンポ遅れて生地が動く。この遅れが効くんだよね。歩き出した瞬間に生地がついてこないと、動作全体がゆっくり見える。実際の速度は同じなのに。
毛玉と、くたびれは違う
抜け感を狙って古着っぽいものを選ぶ人が多いんだけど、境界がある。
洗いざらしで柔らかくなったものは、抜けとして読まれる。毛玉と黄ばみは、単に管理されていないものとして読まれる。
ここを混同すると、雰囲気じゃなくて生活感が出る。首元と袖口だけは、状態を見ておいたほうがいい。
香りと、写真での見え方
つける場所を、腰より下に
香水で雰囲気を出そうとすると、だいたい手首と首につける。
近い。距離が近すぎるんだよね。
顔まわりに香りが強く残ると、対面した瞬間に香る。その人の情報として、はっきり登録される。強い香りは主張だから、掴みどころのなさとは逆方向に働く。
つけるのは膝の裏か、腰のあたり。下から上に立ちのぼる分だけが届く。すれ違ったあとに、あれ、と思われる濃度。残香が強いタイプはその人の記号になるから、数時間で飛ぶものを選ぶといい。
正面から撮らない
証明写真の角度が、一番情報量が多い。左右対称で、顔のパーツが全部見えるから。
体を少し斜めに開いて、顔だけカメラに戻す。この状態だと片側に影ができる。影があるだけで、平面じゃなくなる。顎を引きすぎると睨む顔になるから、引くのは気持ち程度。
目線を外した一枚も混ぜておく。外すのは横じゃなくて斜め下。真横は不自然に見えるけど、斜め下は考えごとをしてる人に見える。
笑いすぎた写真を、一枚残しておく
これは意外と大事なところ。
雰囲気系の写真だけで固めると、近寄りがたい人になる。
歯を見せて笑ってるのを一枚だけ混ぜる。落差があるほうが、普段の静けさが際立つの。全部で統一しないほうがいい。
モテる人と引かれる人を分ける5つの境界線
ここから先が、外見を整えたあとに崩れる場所。企画のために男女あわせて三十人ほどから話を聞いた中で、輪郭がはっきり見えてきた線が五本ある。
表情は抜くけど、視線は外さない
気だるげにしようとすると、まず表情筋を緩める。ここまでは正解。
問題はそのあと。視線まで一緒に外してしまうこと。
24歳の男性が言ってた言葉が的確だった。無表情でこっちを見てる人は気になる、無表情で目を逸らす人は嫌われてると思う、と。
同じ無表情なのに、受け取られ方が真逆じゃん。
視線が乗っていれば、無表情は余裕として処理される。乗っていなければ拒絶として処理される。具体的には、口角を上げるのをやめて、まばたきの回数を少し減らす。目線は相手の顔に置いたまま。
話す量じゃなく、聞く量で余白を作る
喋らない人になろうとすると、会話がスカスカになる。当然の帰結。
一方で、掴みどころがないと言われる人たちを観察してると、喋る量が少ないというより質問の量が多い。
相手の話を引き出して、自分の情報を出す速度だけ遅らせてる。だから会話は途切れないのに、相手はこの人のことをまだ知らないと感じる。
沈黙で余白を作るのは上級者向け。質問で作るほうが事故が起きにくい。聞き役が苦手なら、質問を三種類だけ用意しておくといい。それでどうなったの、それいつから、なんでそれ選んだの。この三つで大抵回る。
反応が薄いんじゃなくて、反応が遅い
リサーチ中に一番ざわっとした発見がこれ。
盛り上がる話を振られたとき、0.5秒だけ遅れて笑う人がいる。表情が動くまでのタイムラグ。
即座に大きく反応する人は、読める。遅れて反応する人は、読めない。反応を消すと冷たい人になるけど、反応を遅らせると何を考えてるか分からない人になる。狙うのは後者でしょ。
会話全体でも同じ。相手が話し終わってから、返すまでに半拍あける。心の中で一つ数えるくらい。長すぎると会話が止まるから、そこは加減して。
聞いた話で印象に残ってるのが、あの子は俺の話で笑うまでに一拍あるから、笑ったときに嬉しい、という証言。反応が安売りされてない、ということらしい。
自分の話を、量じゃなく順番でコントロールする
自己開示をゼロにすると、相手は不安になる。距離が縮まらないまま終わる。
掴みどころがない人がやってるのは、情報を出さないことじゃなくて、出す順番をずらすこと。
好きな音楽の話は三回目まで出さない。仕事の悩みは、聞かれてから答える。趣味は自分から言わない。
出す情報の総量は同じ。順番が違うだけで、この人はまだ底が見えないという感覚が続く。
正直言って、これが五つの中で一番効くと思ってる。演技の要素がゼロだから、疲れない。
予定を埋めない人ではなく、予定を言わない人
忙しいふりをしろ、というアドバイスをよく見かける。あれ、あんまり効かない。
29歳の男性が話してくれたのが刺さった。忙しいアピールされると、俺の優先順位が低いって言われてる気がする、と。
一方で予定を全く言わない人には、何してるんだろうと思うらしい。
埋めるんじゃなくて、明かさない。土曜空いてる?と聞かれて、ちょっと予定確認するね、で止める。嘘をつかなくていいのが、この方法の楽なところ。
声と相槌は、外見より先に崩れる
語尾を伸ばさず、落とす
語尾を伸ばすと明るくなる。そうなんですかぁ、の伸びた部分に感情が乗る。
伸ばさず、最後を少し下げる。そうなんだ、で止める。
これだけで声の情報量が減る。声を小さくする必要はない。むしろ小さくすると聞き返される回数が増えて逆効果。音量は普通、抑揚だけ削る。
相槌の種類を減らす
そうなんだ、へえ、すごい、わかる、たしかに。相槌が多いほど、感情が読める。
二種類に絞る。うん、と、そうなんだ。この二つだけで会話は回る。
最初は不安になると思う。冷たくないかなって。でも聞いた話だと、相槌が少ない人のほうがちゃんと聞いてくれてる感じがするらしい。数より視線。
つまずくのは、だいたいこの三通り
不機嫌に見えてしまう人
一番多い。冒頭の知人がまさにこれ。
表情を抜いたのに、視線も声のトーンも一緒に落としてしまうと、機嫌が悪い人が完成する。三点セットで下げると人は不機嫌に見えるんだよ。抜くのは一点だけでいい。
判定はわりと簡単。周りから体調を聞かれ始めたら黄色信号。怒ってる?と言われたら赤。
心配される側に回ってしまう人
儚げ、という言葉に引っ張られすぎたパターン。
声が小さい、姿勢が崩れてる、返事が遅い。これが揃うと色気じゃなくて弱さとして読まれる。
心配って好意と似てるんだけど、続かないんだよね。守りたいという感情は、相手が疲れた瞬間に引く。
背筋だけは伸ばしておいたほうがいい。抜くのは表情、伸ばすのは姿勢。
演じ疲れて途中で崩れる人
これが一番切ない。
二ヶ月くらい抑えてたのに、好きな人からの連絡が三日途絶えた瞬間に長文を送ってしまう。積み上げた静けさが、一通で全部リセット。
というか、これは失敗じゃないと思ってる。抑えていた分の反動が出ただけ。演技には賞味期限がある、というだけの話。
よく見かけるアドバイスで、効かなかったもの
企画のために試した中で、成果が出なかったものも書いておく。ここを書かない記事が多すぎるから。
既読スルーで焦らせる
やった人の話を三人から聞いたけど、全員が同じ結果。返信が減った。
焦るのは、すでに気持ちが傾いてる相手だけ。まだ何とも思ってない段階でやると、めんどくさい人として処理されて終わる。
既読をつけずに時間を置くのと、既読をつけて放置するのは別物。後者は意思表示になっちゃう。
過去の恋愛をほのめかす
謎めいた過去がある人、という演出。
ほぼ逆効果だった。25歳の男性の言葉を借りると、地雷を踏みたくないから距離を取る、とのこと。
ミステリアスと、触れてはいけない、は別のジャンル。後者に振れると相手は近づかない。
表情を作らない練習をする
鏡の前で無表情の練習をした知人がいる。三日でやめたらしい。
顔が固まって、笑うときに口だけ動くようになったから。動画で自分を撮って気づいて、ぞっとしたって言ってた。
抜くのと固めるのは、まったく違う動き。緩めるほうに寄せないと、能面になる。
今日からの台本
ショート動画の構成を作るときと同じで、セリフまで決めておくと迷わない。頭で考えると必ず遅れるから。
出かける前の三十秒
口角を上げるのをやめる。上げないだけで、下げない。
まばたきを一回減らす。鏡の中の自分と目を合わせたまま、五秒。
前髪を指で三束に割って、隙間の幅をバラバラにする。左右対称になったらやり直し。
袖を下ろして、手の甲が半分隠れてるか確認する。ここまでで三十秒。
返信の台本
朝の通知を見て、すぐ返したくなる指を一回止める。既読はつけていい。返すのを、支度が終わってからにするだけ。
送る文はこの型。
「おはよ。昨日の話、あれ結局どうなったの?」
自分の近況はゼロ。相手への質問だけ。会話は続くのに、自分の情報は一ミリも出ていない。
初対面の会話の台本
自己紹介で仕事の話が来たら、一文で止める。
「営業やってる。まあ、なんとか」
深掘りされたら答える。されなければ、そのまま置いておく。
好きなものを聞かれたら、ジャンルまで言って固有名詞を出さない。
「音楽はよく聴くけど、雑食すぎて説明しづらいんだよねぇ」
次の会話のフックが残る。相手はだいたいもう一回聞いてくる。
別れ際の台本
差がつくのがここ。
楽しかった、また誘って、まで言うと会話が完結する。完結すると、考える余地が消える。
「じゃ、またね」
これで終わらせて、振り返らずに歩き出す。三歩進んでから一回だけ振り返って手を上げるくらいが、ちょうどいい。
未完了のまま別れる、というのがこの台本の肝だよ。

コメント