深夜二時の帰り道、自販機の前で知人が足を止めた。缶コーヒーがガコンと落ちる。それきり十秒、しゃべらない。
かっこいいね、って言われるんだよね。でもそれ、告白の前じゃなくて、いつも相談の途中なんだよ。
彼女は化粧品売り場で働いていて、社内の女性からの人気がすごい。後輩の女の子に告白された話まで持っている。なのに男性から誘われた記憶が三年ない。
ショート動画の企画を作る仕事で、この手の話をもう十人以上から聞いてきた。中性的と言われる人の悩みは、驚くほど同じ場所で詰まる。顔が嫌いなわけじゃないんですよ。自分が恋愛の土俵に立てているのか、確かめる方法がない。
好かれてはいる。ただ、求められていない
取材で一番刺さったのが、この言い方だった。友達としては最上位なのに、恋愛の候補としては一度も名前が挙がらない。
好意はある。信頼もされてる。飲み会では隣に座られるし、悩みも打ち明けられる。なのに、あの空気が発生しないんだよね。手が触れそうで触れない、数センチの緊張。モテたいわけじゃないんですよ、と二十代の男性が言っていた。
褒め言葉の顔をした否定は、誰にも言えない
中性的だね。綺麗な顔してるね。かっこいいね。
全部、肯定の形をしている。だから傷ついたと言えない。言ったら面倒な人になる。親にも友達にも相談できない。検索窓しか行き先がないんだよなぁ。
しかも、どう転んでも減点される。それらしく振る舞えば似合わないと言われ、振る舞わなければ対象外にされる。両方の出口がふさがっている感覚。逃げ場がないまま、鏡の前で自分の顔を疑い始める。
選ばれても、それを信じられない
告白されても、素直に受け取れない。趣味として消費されている気がする。取材した男性は、付き合って三ヶ月目に彼女へ聞いたらしい。俺の顔が好きなの、それとも俺が好きなの。彼女は少し黙ってから、その質問がしんどい、と答えた。二人とも悪くない。悪くないのにこじれる。
男性は、評価が真っ二つに割れる
中性的な男性は平均点が低い。三年間コメント欄を見てきた実感として、無理と書く人は確実にいる。
ただ最高点は、とんでもなく高い。刺さった相手からは、他の誰も代わりにならない扱いを受ける。平均を上げる勝負じゃないんだよね、これ。
頼りなさそう、の中身は顔じゃなかった
頼りなさそう。守ってくれなさそう。この二つはほぼ必ず出てくる。
でも女性側に取材すると、判定材料は顔じゃなかった。店を決めるまでの時間。困ったときに黙るか動くか。次いつ会うかを自分から言えるか。
顔立ちが柔らかい人ほど、迷いの時間が目立って見えてしまう。裏を返せば、決めるのが速い人は顔の印象を上から書き換えられる。取材した中で一番モテていた中性顔の男性は、店選びを三十秒で終わらせる人だった。口ぐせは、ここ行こう、以上。かっこよかったわ、正直。
かわいいね、と言われた夜の話
二十代後半の知人が、飲みの席で女性からかわいいと言われた。周囲がどっと沸く。彼はグラスを持ったまま笑っていたけど、店を出たあと、コンビニの前でずっとスマホの黒い画面を見ていた。
俺、今日ずっと動物枠だったな
嫌だったのは褒められたことじゃない。主人公として扱われなかったこと。かわいいって、安全宣言でもあるんですよ。この人は仕掛けてこないから大丈夫、っていう。
ここで多くの人が、男らしさを上から塗ろうとする。急に低い声。突然の筋トレ。服を全部黒にする。ほぼ失敗するし、見抜かれる。自己否定から出た演出って、なぜかバレるんだよね。
女性は、同性人気が異性の不在を目立たせる
王子様の役から降りられない
相談される。頼られる。後輩の女の子に懐かれる。ありがたい話ではある。ただ、相談を受ける側は恋愛の当事者になれないんだよね。
役を引き受けた瞬間、守られる側の列から外れる。二十五歳の女性は、合コンで乾杯の音頭を任され、皿を取り分け、酔った友達をタクシーに乗せて、最後に一人で駅まで歩いた。ヒールの音がカツカツ響いたって。誰からも連絡先を聞かれないまま、改札を抜けた。
集団の中でどの役をやっているか。これ、顔よりも効く。
憧れは、恋愛の言葉に変換されにくい
同性からのかっこいいは、憧れ。異性から見たときも、憧れのまま止まりやすい。恋愛の言葉に自動翻訳されないんだよ。
翻訳が起きるきっかけは、意外と小さかった。取材で複数の男性が同じことを言っている。完璧に見えていた人が、一瞬だけ困った顔をした。そこで初めて手が伸びた、と。
隙という言葉は雑だけど、近いのは、助けを求める許可を相手に出すこと。かわいくする必要はない。
明日から回せる台本
動画の台本と同じで、順番と尺が決まっているほうが体は動く。
台本その1、性別の記号を一点だけ足す
全身を寄せにいくと、不自然さだけ残る。足すのは一点。
男性なら、眉のラインを少し整える。袖を折って手首を出す。声を大きくするんじゃなく、語尾を下げて言い切る。女性なら、髪の毛先の質感を変える。リップを一段濃くする。かっちりした服の日に、柔らかい素材の小物を一つだけ混ぜる。
中性的な印象を消すんじゃないんですよ。その上に、別の情報を一枚だけ置く。
台本その2、役をひとつ降りる
一週間、幹事をやらない。取り分けない。相談されたら、私も分かんないや、と一度返す。
これ、めちゃくちゃ怖いらしい。役を降りたら自分の価値がなくなる気がする、と何人にも言われた。実際は逆で、完璧な人が一歩引いた瞬間に、周りが手を出せる余白ができる。
男性側の応用は、弱点を先に一つ渡すこと。方向音痴なんだよね、で言い終わる。フォローも言い訳も付け足さない。ここで喋りすぎると台無し。
台本その3、母数を捨てて当たる場所へ移る
万人受けを狙うほど、中性的な魅力は薄まっていく。大人数の飲み会より、同じものを好きな人が集まる場所のほうが当たる。人数が減ることを、損だと思わないほうがいいっす。
アプリなら一枚目で全部決まる。中性顔の人が損をしがちなのは、光がフラットな真顔の正面写真。性別の情報が飛んで、判断を保留されるんだよね。斜め四十五度、窓際の自然光、口角は上げすぎない。二枚目に誰かと話している横顔、三枚目に手元や持ち物。この三枚で人格の情報を渡す。
プロフィール文に中性的と自分で書くのは、やめたほうがいい。書いた瞬間、相手の中で属性の話にすり替わる。
変えない選択も、負けじゃない
コンプレックスを個性と呼び替えろ、みたいな締め方はしたくない。嫌なものは嫌でいいっしょ。
取材の最後、冒頭の彼女がぽつりと言った。かっこいいって言われるの、本当は嫌いじゃないんだ。ただ、それだけで終わりたくないだけ。
顔は変わらない。変わるのは、誰の前に立つかと、どの役を引き受けるか。今夜やれるのは、次の集まりで取り分けの皿を持たない、それくらいの小ささで足りる。

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